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伊藤 孝

【蔵出し】「地学」を学び,旅に出よう!

 「書を捨てよ,町へ出よう」というのは寺山修司の言葉です。それも良いでしょう。でも私は強く主張します。「地学Iを持って,旅に出よう」。もっと言えば,「地学を学び,旅へ出よう」と。


 数年前に授業の引率でカナダに滞在した際,現地のインストラクターにしみじみ言われたことがあります。「日本は南北に長く伸びていて,本当にうらやましい」と。地図帳を開いてみましょう。北海道から沖縄の八重山諸島まで,実に緯度にして20度以上をカバーしています。パスポートなしで,また不自由な外国語を使わず母国語だけで,亜寒帯から亜熱帯まで,多彩な自然を実感できてしまうのです。


 さらに日本列島は,地学で言うところの「変動帯」です。地震と火山の国です。この国で生活しているだけで,地球の活動的な側面を堪能することができるのです。


 せっかくこのように表情豊かな山川草木が存在してくれているのですから,楽しまない手はありません。しかし言うまでもなく,表面的ではない,奥行きのある楽しみを味わうには,少々の学びが必要となります。多彩な山川を楽しむ,舌なめずりして味わいつくすためには,地学の知識とそれを学ぶ気持ちが必要となります。


 例えば多くの活火山が観光地化されていますが,火山に関するほんのちょっとの知識があるだけで,見えてくる景色は驚くほど違ったものになります。これは約束します。うまいものを食べ,温泉に入り,お土産を買う。それだけでも充分に楽しいのですが,それ以外の楽しみが,本当はそこにひろがっているのです。


 こんな「自然を見る眼」を養う上で,とても重要な素養と言うべき地学ですが,様々な事情で,高等学校における地学の受講率はかなり低い,というのが現状です。高校生が自らの意志で選択しないというだけではなく,受講の機会すら与えられていない場合が多いのです。この件に関して,私は大げさではなく,選択の自由を奪っている,という意味において,国家的な損失であると思っています。NHK講座「高校地学」の宣伝になってしまいますが,これが世の中に存在していることの意義は大きいと言わざるを得ません。それほど,地学を体系的に学ぶ機会というのは,少ないのです。


 何か(受験,就職など)の役に立つ,という気持ちだけでなく,「楽しむために学ぶ」というスタンスでこの番組をみると一層味わい深いはずです。もちろん何でもそうですが,始めるのは比較的簡単である一方,継続することはとても難しいですね。継続して地学を学ぶペースメーカとして,この講座を使ってもらえることは,本当に喜びです。


 そして,そう,もちろん,人生は旅。地学を知ることで,特別な旅行に出かけなくても,日常生活の中で出会うごくごくありふれたものの中に,今まで見えていなかった意味が浮かび上がってくる。そんな「地学の達人」が一人でも生まれることを祈っています。


(NHK高校講座『地学』テキスト,2005,p.52)









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